花の記憶
年表を覚えるのが苦手です。
日本史と世界史と現代社会と音楽史と経済史を別々に教えるのは悪手だと思うのです。
全部ひとつの年表に放り込めば総ての事象を関連付けし易いし、事象発生に纏わる因果関係を可視化しやすいはず。
いっそのこと宇宙開発史なんかも放り込んで頂きたい(ただの趣味です)。
友人たちはよく「何年に起きたあの凶悪事件、犯人捕まったらしいよ」「あれ酷かったよね」なんて会話していたりするのですが、みんなどうしてそんなに細かく年度まで覚えているのだろう。
だいたい話についていけません。
というかそもそもそういう事件自体、知らなかったりするのだけれども。
まあ私の興味の方向性が偏りすぎているのかもしれない。
同じことの繰り返しに楔を打ち込むように私の人生に起こる様々な出来事を記憶の底から手繰り寄せ、ようやく今が何年であるかを自覚したりして。
それよりは季節の方が遥かに鮮やかに、私の中に忘れられない色を残してくれる。
もしかしたら今日という日も、そうであるかもしれないのです。
ハナミズキが咲いているのを見かけて、あれ?こんな季節だったかな、と振り返る。
— なつき㌠ (@natsukissweet) 2016年4月12日
ああそうだ、2年前のこの季節に祖母が亡くなったとき、火葬場に向かうバスが走る沿道が、桃色と白色のハナミズキで埋め尽くされていたんだったと思い出す。祖母はハナミズキに送られるのだな、と。
— なつき㌠ (@natsukissweet) 2016年4月12日
季節は私の記憶よりもずっと遥かに正確に、この世界を刻んでいるのだ
— なつき㌠ (@natsukissweet) 2016年4月12日