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遊泳

猫、或いはサイエンス

目盛のないビーカー

ふとした瞬間に「今ごろ何してるのかなあ」って思う瞬間があって、その一瞬は きゅうと心が痛むような気持ちに支配されたりします。
この「きゅうとした痛み」の正体がなんなのか、正直よくわからないなあと考えていました。
行動を把握していたいというような支配欲なのか、他の誰かと一緒にいるのかもしれないと考えた末の嫉妬心なのか、物理的、或いは心理的に感じる距離に起因するもどかしさなのか。

それらは一時的に満たされることがあっても、少し離れているだけであっという間に枯渇してしまう類いの感情だなあと感じています。
人によっては「満たされた状態」のストックが豊富だったりもするのかな。それとも相手との信頼関係だとか、注ぎあう愛情の種類に拠るのかな。過去の経験にも依存するかもしれないなあ、なんて。
そんな他愛もないことを考えながら気をまぎらわしたりするのでした。
筋トレしたら昇華しますかね()

知りたいという気持ちは(特に私の場合)底なし沼なのですが、じゃあ知ったところで何か変わるの?とも思うのです。
どんなに情報を集めても、会話しても、「相手の心に占める自分の存在」そのpercentageが増えない限り、真に満たされることはないのではないか。
でもでも、そのpercentageだってビーカーに注いだ水のように目に見えるものじゃないし。
もういっそ、満たされることは放棄して、痛みごと引き受けるしかないのだろうなあ。

今日は午後、長い会議だったのですが、conference roomの同列に部長が鎮座ましましており、間には誰もいなかったのでたいそう緊張しました。ナナメ前には社長も見えるし。なんでこの席を選んでしまったんだ私・・・(´;ω;`)
とはいえ会議はエキサイトな内容だったので愉しい時間を過ごしました。未来を見透せるような、鳥瞰感覚になれるのはよいものです。
但し、計画が走り出したら蟻になるのは自分たちなのだということも忘れずにいないとだな。