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遊泳

猫、或いはサイエンス

余白の感情

書きたいことは幾つかあれど、今日は体力がもちそうにありません。
帰り道Twitterにメモったことをちらほら。



職業柄、報告書を作成する機会が比較的多く、前者についてはそれはそれはもう、厳しい指導を受けました。
主語を省くな。しつこいくらいに主語を入れなさい。
指示語を多用するな。使うなら何を指すのかを明確に示しなさい。
ひとつのセンテンスをだらだらと長くしない。簡潔な方が相手に理解しやすい。
などなど。これらはツイートするときにも(冗長にならない程度に)意識するようにしています。


ただ報告書などではない、例えばこのblogのような文章については、削ぎ落とした表現の中に現れる美しさみたいなものが赦されるように思うのです。
敢えての冗長さ。理解しづらい言い回しを理解できたときの歓び、特別感。
そのようなものに価値が生まれると考えています。
自分の中にある抽象的な事象を如何にして他人とシェアすることができるのか。
これについては言葉を用いた説明だけでは足りない。感覚そのものを刺激するような手法があるのではないかと考えているのです。
余白に書き込まれた感情を分かち合いたい。

うちにある鉢植えのクチナシとは違う形状をした花弁をもっています。どちらもすき。
個性的で、ひとを振り返らせるだけの香りを放つ夏の甘い花。

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