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遊泳

猫、或いはサイエンス

発言の範囲

書きたい気持ちがあるのに胸のなかをぐるぐるめぐるような日々、ようやく抜け出して澄んだ気持ちになっています。
もう大丈夫だという確信がある。
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「どうしてそんなに心が綺麗なの」と半ば冗談みたいに会社の先輩に訊かれたのであれこれ考えていた。

私は「汚いものも見えている」のだ。しかしそれらと綺麗なものとを選り分け、そして「綺麗なものだけを抽出している」にすぎない。
その証拠に、私は他人の醜い汚いと(私が)感じる部分についても綺麗な部分と同様に、言及できる。
彼女と私との間で差異があるとすれば、彼女は醜いと感じる部分について言及することを心のうちに留めておけない、つまり発言の範囲をコントロールすることができないというだけのことのように感じている。
もうひとつ違いがあるとすれば、私は「醜い部分もあるのが人間だ」と考えているし、それを理由に他人を嫌うことはあまりない。要素で評価し二項対立するようなことはしない。
自覚があるそれらについて「心が綺麗」と評価されるとなんだかな、と思ってしまうけれど、私はお礼を言いつつ「誉めすぎですよ」とにこりと笑う。あともう少し、巧く生きたい。


ツイ消しされることで「それをpostした理由」に「それを消した理由」が加えられる。これも「2つのモダリティがつながると理解になる」という話とどこか通底しているように思う。
二点間にはそれらを結ぶ「心の動き」があらわれる。「なぜ消したのか」それが私にとってのツイ消しの面白さなのです。自分が消したときでもね。


今日はひとつ嬉しいことがあった。
初めて見かけたときから彼女が可愛くて聡明で透明に見えていたから、とても嬉しかった。
調和を乱さないよう、そっと離れたところからにこにこと微笑んでいたい。
愛しいひとたちが日々、幸せでありますように。

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