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遊泳

猫、或いはサイエンス

儀式。

先月購入した機械式の腕時計、とても気に入ってほぼ毎日つけています。
毎朝目覚め、麦茶を一杯飲み干してキウイを食べたあと、腕時計の螺子を巻き、スマホ電波時計時間に針を合わせる。
一連の動きが儀式のように流れ、やがて行為が習慣化して自分の一部として馴染んでゆくまでの感覚を味わってる。


儀式的な行為はわりとすき。
行為そのものを愉しみ、慈しむ時間は日常から切り離された特別なものとして愛している。


でも本当は物事の大半を無意識のうちに処置し、その間、ぼんやりと考え事をしたりする時間にしていられたら理想的なんだな。
仕事中にこれをやるとミスしてしまうので、生活という限定した時間での話になるのだけれど。

例えば細かい雑事、メモ等に退避して忘れてしまいたいタイプ。
ToDoや覚えておくべきことは、evernoteや付箋紙等を活用するようにしてる。
「まめに書き留める」と「適宜見返す」という習慣を獲得してしまいさえすれば、他の重要事項のための記憶スペックを空けておくことができる。これを始めてから仕事でも生活でも比較的円滑に行動できるようになったと思う。優先順位もつけやすくなるしね。


機械式の腕時計は精度合わせのために毎日螺子を巻くのだけれど、腕に装着して動いていさえすれば、基本的に止まることはない。適切なメンテナンスを定期的にしていれば、何十年、何百年と残すことだってできる。
この腕時計はオープンハートのフェイスにシースルーバックなので、カチコチとしたムーブメントの動きを目で見ても楽しめるし、腕に着けていると私の動きに合わせ、螺子を巻く感覚が伝わってくる。
本当に、生き物みたいなんだよ。

これから先の人生のほぼ同じ時を過ごすであろう新しい相棒の螺子を巻く。
新しくひとつ加わった、私の朝の儀式だ。

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