遊泳

猫、或いはサイエンス

手応え

雑踏の模倣をしたことがある。
学生時代、芝居の稽古で。
テレビドラマで時々出てくるカフェなんかで役者たちの背景にいる人達が繰り出すような、雑多な会話の再現。
人混みの中にいると時々その時のことを思い出す。難しいんですよ、わざとらしくなく作られた会話するの。

声質以外にも、人の会話には数多くの特徴がある。
話すペース、トーン、抑揚、感情表現、滑舌、性別、年齢等々。1つの発話の中にそういった要素が同時に盛り込まれてざわめきをつくる。

雑踏は面白い。情報過多なので適宜チューニングしながら聞き分けるけれど、全く違う人達の会話が妙なところで結びついて笑いだしそうになったりもする。「もしもし?ご案内致します、昨日バイト先の先輩がさ、味つけはやっぱり味覇だなって」
わざと文脈を壊した小説、あれ何ていったかな。そんな世界がそこらじゅうに落ちている。
「私がそこに意味を見出だす」
同時に私も意味の一部になる。


夢の中で読んでいた本の続きを読んでみたいけど、いつも目が覚めるとすぐに内容を忘れてしまう。今日は古民家の歴史かなにかの本を読んでいた。ささやかな日常や誰かとの会話などと同じように、残るのは面白かったなという手応えだけなんだ。

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