遊泳

猫、或いはサイエンス

支点

夜が近い。

リアリティとファンタジィが混在する夢を見た。

私はヴィレッジ・ヴァンガードにアイロンをかけたような本屋の最上5階に住んでいて、4階は駅のホーム。至るところにPOPが散らかる雑貨を眺めながら長い階段を昇りながら部屋を目指す。
いつの間にか、外。
小高い丘の上から盆地のような大きな窪みを眺めている。中央部には大きな桜の老木が生えており、満開少し過ぎたくらいの見事な花が咲いている。距離は遠かったが、はらはらと舞い散る花弁は一枚一枚がはっきり見てとれた。
突然、下からのライトアップ。
じわじわと上方に向かって照射する強い明かり。
そして3D映像だろう、小さな子供と思われるシルエットが大量に下から打ち上げられ、重力に抗えずに弧を描きながら落ちてゆく。
悪趣味な演出だな、と私は目をそらし、夜の街を歩き始めた。
その光景は少しだけ、ルネ・マグリットの描く画と似ていたようにも思う。私がまだあまり理解することができない、シュルレアリスム

道端には赤いランドセルが落ちている。覗き込むと、中にはケースに容れられたままの短めの粘着テープが数本入っていた。
児童が使いそうな布製のペンケースが木の根元に隠されていて、不穏な予感と滑稽さが同居する胡散臭さがそこには感じられた。


捻りのないツイートしてしまったなと思うときほど比較的多くリツイートされる事があり釈然としないのだけれど、世間が価値を置く部分について自分が如何に理解していないかということの証左なのだと思う。学びがあるな。私はどちらも知りたいんだ。マジョリティとマイノリティの均衡点みたいなものが見えたらもう少しうまくやれる気がする。
どちらに揺れるも自由な支点に立つシーソーのようにね。