遊泳

猫、或いはサイエンス

旅行記

ついに追いついてしまった。
でも以前読んだ時とは全く異なる意味をもつそれらの言葉たち。
共通のバックグラウンドは理解へのショートカットとなりうるだろう、その期待だけを頼りにここまできたのでした。
長いようであっという間の、心踊る旅になりました。

この数年間に通底していた基線、そこにフックされた幾つかの要素が横断的に語られた供養文を最後に読めたこと、偶然の産物とはいえ、うまくできているなあ、世界。という、これは私自身への感想です。

この世界がひとつづきであるという認識や概念はそれまでの私に全く存在しなかったものでしたが、その発想を「切り出された」ことによって、「私とあなた」という一見分断化されていたかに思える世界同士を繋げる糊のようなツールとなる、そのパラドックスの面白さ。
「私とあなた」が別々に認識していた言葉の意味を近似化させる(もしくはひとつにする)という感覚もまた、ある種の「理解」なのだなと思います。

観察されている限りそこに存在する世界があるのならば、私の観察にも多少なりの意味が生まれるのだろうか。そして何処まで近似できるのだろう。

2周めはもう少し静かな旅ができる、はず・・・

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